立花城主の立花道雪のお墓があります。
梅岳寺は立花山中の民家付近にあり、駐車場も完備しています。





梅岳寺は山号を立花山、寺号を梅岳寺(ばいがくじ)といい、曹洞宗に属します。
初めは花谷山神宮寺として、元中二年(一三八五年)室町幕府の三代将軍足利義満の時代に創立されました。
天正三年(一五七五年)に立花城の城督であった立花道雪の母、
法名養孝院をこの寺に埋葬し、母の法名と道雪の姓をとり立花山梅岳寺養孝院と改めました。
その後、天正十三年(一五八五年)九月十一日、
道雪が筑後の陣中で病没しましたので、その遺体を梅岳寺の母のかたわらに埋葬しました。
天正十四年(一五八六年)、豊臣秀吉の九州平定戦で戦功があった宗茂は、
秀吉から柳川十一万石を拝領し柳川の地へ移りました。
そして、その地に菩提寺として福厳寺を建立しましたが、
立花の梅岳寺は、道雪母子の遺骨を埋めた墓地なので、そのまま残し供養しました。
道雪の墓は、正面向かって右側で、中央は母養孝院のものです。
一番左端の墓は、薦野三河守増時の墓です。
増時は道雪と主従の間柄で、死後も道雪と墓を並べると
約束していたので、この場所に埋葬されたといわれています。
この梅岳寺は、昭和三十五年一月十二日に境内の全てを対象に、福岡県指定史跡となりました。
平成八年九月 新宮町教育委員会
所在地 福岡県糟屋群新宮町大字立花口